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    <title>あやかしの経卓</title>
    <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com</link>
    <description>あやかしの経卓・小説更新情報</description>
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    <copyright>Copyright ©2026 夢野久作.</copyright>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/146</link>
      <pubDate>Fri, 19 Mar 2021 22:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　その夜は曇ってあたたかかった。
　植木職人の風をした私は高林家の裏庭にジッと跼《しゃが》んで時刻が来るのを待った。雨らしいものがスッと頬をかすめた。
　……と……「ポポポ……プポ……ポポポ」という鼓の音が頭の上の老先生の室《へや》から起った。
　私はハッと息を呑んだ。
「失策《しま》った。あの鼓が焼けずにいる。兄が老先生に送ったのだ。イヤあとから小包で私へ宛てて送り出したのを、老先生が受け取られたのかな……飛んでもない事をした」
　と思いつつ私は耳を傾けた。
　鼓の音は一度絶えて又起った。その静かな美しい音をきいているうちに私の胸が次第に高く波打って来た。
　陰気に……陰気に……淋しく、……淋しく……極度まで打ち込まれて行った鼓の音《ね》がいつとなく陽気な嬉し気な響を帯びて来たからである。それは地獄の底深く一切を怨んで沈んで行った魂が、有り難いみ仏の手で成仏して、次第次第にこの世に浮かみ...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/145</link>
      <pubDate>Fri, 19 Mar 2021 16:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　東京に着くと私は着物を売り払って労働者風になって四谷の木賃宿に泊った。そうして夜のあけるのを待ちかねて電車で九段に向った。
　なつかしい檜のカブキ門が向うに見えると、私は黒い鳥打帽を眉深《まぶか》くして往来の石に腰をかけた。その時暁星学校の生徒が二人通りかかったが、私の姿を見ると除《よ》けて通りながら「若い立ちん坊だよ」と囁《ささや》き合って行った。青褪めて鬚を生やして、塵埃《ちり》まみれの草履《ぞうり》を穿いた吾が姿を見て私は笑うことも出来なかった。
　その日は見なれぬ内弟子が一人高林家の門を出たきり鼓の音一つせずに暗くなりかけて来た。
　私は咳をしいしい四谷まで帰って木賃宿に寝た。そうして夜があけると又高林家の門前へ来て出入りの人を見送ったが老先生らしい姿は見えなかった。鼓の音《ね》もその日は盛んにきこえたけれども老先生の鼓は一つも聞えなかった。
　私はそのあくる日又来た。そのあくる...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/144</link>
      <pubDate>Fri, 19 Mar 2021 10:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　あくる朝京都で降りると私はどこを当てともなくあるきまわった。すこし閑静なところへ来ると通りがかりの人を捕まえて、
「ここいらに鶴原卿の屋敷跡はありませんでしょうか」
　ときいた。その人は妙な顔をして返事もせずに行ってしまった。それから今大路家や音丸家のあとも一々尋ねて見たがみんな無駄骨折りにおわった。そこに行ってどうするというつもりもなかったけれども只何となく自烈度《じれった》かった。
　夕方になって祇園の通りへ出たが、そこの町々の美しいあかりを見ると私はたまらなくなつかしくなった。何だか赤ん坊になって生れ故郷へ帰ったような気持ちになってボンヤリ立っていると向うから綺麗な舞い妓《こ》が二人連れ立って来た。その右側の妓《こ》の眼鼻立ちが鶴原の未亡人にソックリのように見えたので、私は思わず微笑しながら近付いて名前をきいたら右側のは「美千代」、左側のは「玉代」といった。「うちは？」ときいたら美...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/143</link>
      <pubDate>Fri, 19 Mar 2021 04:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　自動車が桜田町へ出ると私は運転手を呼び止めて、「東京駅へ」と云った。何のために東京駅へ行くかわからないまま……。
「九段じゃないのですか」と若い運転手が聴き返した。私は「ウン」とうなずいた。
　私の奇妙な無意味な生活はこの時から始まったのであった。
　東京駅へ着くと私はやはり何の意味もなしに京都行きの切符を買った。何の意味もなしに国府津《こうづ》駅で降りて何の意味もなしに駅前の待合所に這入って、飲めもしない酒を誂《あつら》えて、グイグイと飲むとすぐに床を取ってもらって寝た。
　夕方になって眼が醒めたがその時初めて御飯を食べると、何の意味もなしに又西行きの汽車に乗った。その時に待合所の女中か何かが見覚えのない小さな鞄を持って来たのを、
「おれのじゃない」
　と押し問答したあげく、やっと昨夜《ゆうべ》鶴原家を出がけに兄が自動車の中に入れてくれたものであることを思い出して受け取った。同時にその...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/142</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 22:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[この間は失礼しました。
私はあの鼓の魔力にかかって精魂を腐らした結果御覧の通りの無力の人間に成り果てました。しかしその核心には、まだ腐り切っていない或るものが残っていることを君は信じて下さるでしょう。私もそう信じてこの手紙を書きます。
二十六日の午後五時キッカリに鶴原家にお出《いで》が願えましょうか。御都合がわるければそれ以後のいつでもよろしいから、きめて下さい。時間はやはりその頃にお願いしたいのです。
今度お出での時にはあやかしの鼓がきっと君のものになる見込みが附きました。尚その時に君がまだ御存じのない秘密もおわかりになることと思います。それは矢張り音丸家と鶴原家に古くから重大な関係を持っていることで、君にとっては非常に意外な、且《か》つ不可思議な事実であろうことを信じます。
しかし来られる時に誠に失礼ですが御註文申し上げたいことがあります。奇怪に思われるかも知れませんが是非｜左様《さよ...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/141</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 16:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　私はうな垂れて鶴原家の門を出た。
　この日のように頭の中を掻きまわされたことは今までになかった。こんな家《うち》が世の中にあろうとは私は夢にも思い付かなかった。何もかも夢の中の出来事のように変梃《へんてこ》なことばかりでありながらその一つ一つが夢以上に気味わるく、恐ろしく、嬉しく、悲しかった。
　恩義を棄て、名を棄て、自分の法事のお菓子を喰べられる若先生――それを甥《おい》だと偽って吾が家に封じこめて女中同様にコキ使っているらしい鶴原子爵未亡人……そうしてあの美しい化粧室、あの薄気味のわるい病室、皮革《かわ》の鞭、「あやかしの鼓」――何という謎のような世界であろう。何というトンチンカンな家庭であろう。眼で見ていながら信ずる事が出来ない――。
　こんなことを考えて歩いているうちに、私はふと自分の懐中が妙にふくらんでいるのに気が付いた。見れば今しがた玄関で若先生が押し込んだ菓子折の束がのぞい...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/127</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 16:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　それから三日目の寒い晩であったと思う。
　温泉｜行《ゆき》以来、音も沙汰もしなかった伊奈子が、何と思ったかお化粧も何もしない平生着《ふだんぎ》のまま、上等の葉巻きを一箱お土産に持って日暮れ方にヒョッコリと遣って来た。そうして近所のカフェーから、不味《まず》い紅茶だの菓子だのを取り寄せながら、私の枕元で夜遅くまで芝居や活動の話をしいしい、何の他愛もなくキャッキャと燥《はしゃ》いで帰って行ったので、私は妙に興奮してしまって夜明け近くまで睡れなかった。そうしてヤットの思いでウトウトしかけたと思う間もなく、長距離らしい烈しい電話のベルに呼び立てられたので、私は寝床に敷いていた毛布を俥屋《くるまや》のように身体に纏いながら、半分夢心地で階段を馳け降りると電話口に突立った。序《ついで》に寝ぼけ眼《まなこ》で店の柱時計をふり返って見たら午前七時十分前であった。
「……モシモシ……モシモシ……四千四百三...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/140</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 10:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　奥の一室《ひとま》の新しい畳を踏むと、私は今まで張り詰めていた気分が見る見る弛《ゆる》んで来るように思った。
　青々とした八畳敷の向うに月見窓がある、外には梅でも植えてありそうに見える。
　その下に脚の細い黒塗りの机があって、草色の座布団と華奢《きゃしゃ》な桐の角火鉢とが行儀よく並んでいる。その左の桐の箪笥の上には大小の本箱が二つと、大きな硝子《ガラス》箱入りのお河童《かっぱ》さんの人形が美しい振り袖を着て立っている。
　右手には机に近く茶器を並べた水屋《みずや》と水棚があって、壁から出ている水道の口の下に菜種《なたね》と蓮華草《れんげそう》の束が白糸で結《ゆ》わえて置いてある。その右手は四尺の床の間と四尺の違い棚になっているが床の間には唐美人の絵をかけて前に水晶の香炉を置き、違い棚には画帖らしいものが一冊と鼓の箱が四ツ行儀よく並べてある。その上下の袋戸と左側の二間一面の押し入れに立てら...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/126</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 10:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　十一月に入ると間もなく、私は今までにない寒さを感じ始めたので、高価《たか》い工賃を払って昼間線《ちゅうかんせん》を取って、上等の電気｜炬燵《ごたつ》を一個、敷き放しの寝床の中に入れた。そうしてその日は仕事の始末をソコソコにして潜り込んでみるとその暖かくて気持ちのいい事、身体《からだ》中の血のめぐりがズンズンとよくなるのがわかる位で、私はツイ何もかも忘れてウトウト眠り初めたのであったが、間もなく階下でけたたましく電話のベルが鳴り出したようなので、私は又渋々起き上った。眠い眼をこすりこすり狭い階段をよろめき降りて電話にかかった、
「オーイオーイオーイ……モシモシイ……モシモシイ……わかったよわかったよ。オーイオーイオーイオーイ……」
　といくら呼んでも頑強にベルを鳴らしていたが、やがてピタリと震動が止むと、
「オホホホホホホホホ」
　という笑い声が、真っ先きに聞えた。
「……あなた愛太郎さん...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/139</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 04:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　応接間を出ると左は玄関と、以前人力車を入れたらしいタタキの間《ま》がある。妻木君は右へ曲って私を台所へ連れ込んだ。
　それは電気と瓦斯《ガス》を引いた新式の台所で、手入れの届いた板の間がピカピカ光っている。そこの袋戸棚から竈《かまど》の下とその向う側、洗面所の上下の袋戸、物置の炭俵や漬物桶の間、湯殿と台所との間の壁の厚さ、女中部屋の空っぽの押入れ、天井裏にかけた提灯《ちょうちん》箱なぞいうものを、妻木君は如何にも慣れた手付きで調べて見せたが何一つ怪しいところはなかった。
「女中はいないんですか」と私は問うた。
「ええ……みんな逃げて行きます。伯母が八釜《やかま》しいので……」
「じゃお台所は伯母さんがなさるのですね」
「いいえ。僕です」
「ヘエ。あなたが……」
「僕は鼓よりも料理の方が名人なのですよ。拭き掃除も一切自分でやります。この通りです」
　と妻木君は両手を広げて見せた。成る程今ま...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/125</link>
      <pubDate>Thu, 18 Mar 2021 04:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　それから後《のち》、伊奈子が叔父を操った手腕は実に眼ざましいものがあった。
　伊奈子はまず叔父に家を買わせた。それも普通の家ではないので、Ｆ市外の公園の入口に在る檜御殿《ひのきごてん》と呼ばれた××教の教会堂が、先年の不敬事件に関する信者の大検挙以来、空屋《あきや》同然になっていたのを自分の名前で買い取らせて、見事な住宅の形に手を入れさせたもので、そこに素敵な自動車や、大勢の女中を雇い込んで女王のように奉仕させた。同時に叔父の待合入りをピッタリと差し止めたので、私はその当時、八方の待合からかかって来る電話を聞かされてウンザリさせられたものであった。あんまり五月蠅《うるさい》ので或るとき、
「……叔父さん。いくら僕が電話好きでもこれじゃトテモ遣り切れませんよ。済みませんが彼家《あすこ》にも電話を引いて下さいナ」
　と哀願してみたら叔父は怫然《ふつぜん》として、
「馬鹿野郎……あの家《うち》...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/124</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 22:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　その翌る朝、いつもより早く起きた私は、まだ開店まで一時間以上もあると思い思い、寝巻のまま叔父の椅子に腰をかけて、投げ込まれた新聞を読んでいると、思いがけなく店の前に大きな自動車が停まって、白いダブダブの詰襟を着たパナマ帽の叔父が、一人の令嬢の手を引いてニコニコしながら這入《はい》って来た。
　それは二階の美人画とは全然正反対の風付《ふうつ》きをした少女であったが、それでいてＦ市界隈は愚か、東京あたりにでも滅多に居ないシャンであろうことが、世間狭い私にも容易にうなずかれた。小男の叔父よりもすこし背が低くて、二重《ふたえ》まぶたの大きな眼が純然たる茶色で、眉が非常に細長くて、まん丸い顔の下に今一つ丸まっちい腮《あご》が重なっていた。縮らした前髪を眉の上で剪《き》り揃えたあとを左右に真二《まっぷた》つに分けて、白い襟首の上にグルグル捲きを作って、大きな、色のいい翡翠《ひすい》のピンで止めたアン...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/138</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 22:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　それから間もなく老先生は私を高林家の後嗣《あとつぎ》にきめられて披露をされた。内弟子たちはみんな不承不承に私を若先生と云った。
　しかし私は落胆《がっかり》した。――とうとう本物の鼓打ちになるのか。一生涯｜下手糞《へたくそ》の御機嫌を取って暮さなければならないのか。――と思うとソレだけでもウンザリした。――老先生の御恩に背いてはならぬぞ――と、いつも云って聞かせた父の言葉が恨《うら》めしかった。同時に若先生が家出をされた原因もわかったような気がして、若先生に対するなつかしさがたまらなく弥増《いやま》した。しかし若先生に会いたいという望みは「あやかしの鼓」を見たいという望みよりももっと果敢《はか》ない空想であった。
　私は相も変らず肥え太りながらポコリポコリという鼓を打った。
　こうして大正十一年――私が二十一歳の春が来た。その三月のなかばの或る日の午後、老先生は私を呼び付けて、
「これを...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/123</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 16:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　二十歳になるまで七八年間も一緒に居た叔父が、独身者かどうか気付かなかったといったら笑う人があるかも知れない。しかしこれは私の正真正銘のところであった。私はそれほど左様《さよう》に実世間とかけ離れた世界に生きている人間であった。私は私の神経が、実世間のいかなる問題に触れても、すぐに縮み込む程に鋭いものであることをよく知っていた。私は現実の世界に在る太陽や、草木や、土や風なぞいうものが、空想の世界にあらわれる太陽や草木風景なぞよりも遥かに単調子な、平凡な、荒々しいものであることを知り過ぎる位知っていた。同様に、金《かね》とか、女とかいうものも実際に手に取ってみると存外下らない、飽き飽きしたものである上に、そんなものに対する慾望を持続して行くためには実に馬鹿馬鹿しい、たまらないほど夥しい苦労を続けなければならぬであろうことを考えるだけでもウンザリした。私は現実の一切に諦らめをつけて、空想の世界...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/137</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 16:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　みんなが裏二階を降りると老先生は私に取っときの羊羹を出して下さった。そうして長い煙管《きせる》で刻煙草《きざみ》を吸いながらこんなことを云われた。
「お前はなぜ鼓の調子を出さないのだえ。いい音《ね》が出せるのに調子紙を貼ったり剥《は》がしたりして音色を消しているが、どうしてお前はあんなことをするのだえ」
　私はおめず臆せず答えた。
「僕の好きな鼓がないんです。どの鼓もみんな鳴り過ぎるんです」
「フーン」
　と老先生はすこし御機嫌がわるいらしく、白い煙を一服黒い天井の方へ吹き出された。
「じゃどんな音色が好きなんだ」
「どの鼓でもポンポンポンって『ン』の字をいうから嫌なんです。ポンポンの『ン』の字をいわない……ポ……ポ……ポ……という響のない……静かな音を出す鼓が欲しいんです」
「……フーム……おれの鼓はどうだえ」
「好きです僕は……。けれどもポオ……ポオ……ポオ……といいます。その『オ』...]]></content:encoded>
    </item>
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      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/122</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 10:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　叔父は一躍して相場師仲間の大立物になった。出入りするお客の数《すう》は三倍位になった。田舎の出米《でまい》の相場を直接に聞くようになったために電話の忙がしさは数倍に達した。けれども叔父は電話機も殖《ふ》やさなければ店も拡張しなかった。ただ私の手当てを一躍五十円に引き上げたほかに、私がトックの昔に忘れていた、親孝行に対する新聞社の同情金を叔父が保管していたものが、元利合計二百何円何十何銭かになっていたので、プラチナの腕時計を一個買って下げ渡してくれただけであった。
　しかし叔父はそれから後《のち》、私に電話以外の用事を絶対に云いつけなくなった。新しい通勤の給仕を一人置いて今までの私の雑務を引き継がせると同時に、各地方の相場を聞く私の態度にすこしも眼を離さぬようになった。電話を伝わって来る相場に限って私が持っている……それこそ悪魔のような敏感さを、叔父がズンズン理解し始めている事が、私に又ズ...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/136</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 10:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　こうして一夜明けた十六の年の春、高等二年の卒業免状を持って九段に帰ると、私はすぐ裏二階の老先生の処へ持って行ってお眼にかけた。すると向うむきになって朱筆で何か書いておられた老先生はふり返ってニッコリしながら、
「ウム。よしよし」
　とおっしゃって茶托に干菓子を山盛りにして下さった。それをポツポツ喰べている私の顔を老先生はニコニコして見ておられたが、やがて床の間の横の袋戸から古ぼけた鼓を一梃出して打ち初められた。
　その｜ゝゝゝ《チチチ》｜○○○《ポポポ》という音をきいた時、私はその気高さに打たれて髪の毛がゾーッとした。何だか優しいお母さんに静かに云い聞かされているような気もちになって胸が一パイになった。
「どうだ鼓を習わないか」
　と老先生は真白な義歯《いれば》を見せて笑われた。
「ハイ、教えて下さい」
　と私はすぐに答えた。そうしてその日から安っぽい稽古鼓で「三ツ地《じ》」や「続け」の...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>◇第三の瓶の内容 - 瓶詰地獄</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/9/section/131</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 04:45:00 +0900</pubDate>
      <description>オ父サマ。オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニ、コノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。
市川　太郎
イチカワ　アヤコ</description>
      <content:encoded><![CDATA[　オ父サマ。オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニ、コノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。
市川　太郎
イチカワ　アヤコ
                       　]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - あやかしの鼓</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/10/section/135</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 04:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　私は嬉しい。「あやかしの鼓」の由来を書いていい時機が来たから……
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅と異って「綾になった木目を持つ赤樫」で出来ているところからもじったものらしい。同時にこの名称は能楽でいう「妖怪」という意味にも通っている。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　その年の秋に父が死んで九段の老先生の処へ引き取られると、間もなく私は丸々と肥って元気よく富士見町小学校へ通い続けた。「あやかしの鼓」の話なぞは思い出しもしなかった。
　老先生は小柄な、日に焼けた、眼の光りの黒いお爺さんであった。年はその時が六十一で還暦のお祝いがその春にある筈であったのが、思いがけなく養子の若先生が家出をされたのでその騒ぎのためにおやめになった。
　若先生は名を靖二郎といった。私は会ったことがないが老先生と反対にデップリと肥った気の優しい人で、鼓の音《ね》ジメのよかった事、東京や京阪で催しのある毎《ごと》に一流の芸者がわざわざ聞きに来た位であったという。家出された時が二十歳《はたち》であったが着のみ着のままで遺書《かきおき》なぞもなく、また前後に心当りになるような気配もなかったので探す方では途方に暮れた。一方に気の早い内弟子はもう後釜をねらって暗闘を初めているらしい事なぞ...]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title> - 鉄槌(かなづち)</title>
      <link>https://yumeno-qsaku.kashi-hondana.com/author/page/8/section/121</link>
      <pubDate>Wed, 17 Mar 2021 04:30:00 +0900</pubDate>
      <description>　——ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか——
　——居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか——
　——その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂《と》って生長して行くものなのか——
　——その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何——
　斯様《かよう》な質問に対して躊躇《ちゅうちょ》せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。</description>
      <content:encoded><![CDATA[　ところが、こうした私の電話に対する特別の能力が、とうとう外に顕われる時機が来た。
　それは私が十七の年であったと思うから大正十年頃の事である。青木の店員が一気に読み上げる前場《ぜんば》の数字の中で、製糖関係の株が一斉に二分｜乃至《ないし》五分方の暴落をしているのにビックリしながら鉛筆を走らせていると、どこから混線して来たものか、以前に声の調子を聞き覚えていた叔父の知人で、大阪随一の相場新聞｜浪華《なにわ》朝報社の主筆をやっている猪股《いのまた》という男の言葉が切れ切れに響いて来た。
「……買え買え。きょうの後場《ごば》はもっと下るかも知れないが構わずに買え……外電のキューバ島の空前の大豊作は嘘だ……」
　私はこの意味がちょっと解らなかった。ただ、この頃、製糖会社の株をシコタマ背負い込んでいる叔父がどんな顔をするだろうと思いながら、そんな株の暴落した数字を心持ち大きく書いて示すと、叔父はい...]]></content:encoded>
    </item>
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